それなりに本は読むが、ページを繰りながらポロポロと涙を流したり、登場人物を応援しながら胸をバクバクいわせたりして、読了後に虚脱状態に陥るような本、というのはめったにない。この本は、そういう数少ない本のひとつである。
前作の「空の拳」をまだ読んでいない方は、ぜひあちらを読んだ上で「拳の先」を手にとって欲しい。前作ももちろん面白い。ボクシングを扱った小説なのに、主人公がヘタレの編集者という設定が絶妙で、主人公の成長が彩り豊かな登場人物とともに描かれていて読後感が実にさわやかである。
今回の「拳の先」では、登場人物たちのその後が語られる。読み終わって、作者は何を主軸に据えていたんだろう、と考えた。さまざまな挫折と成長が描かれていて、登場人物ごとに細かいピースを組み合わせるように物語が構築されている。単純な「強さ」と歯を食いしばって構築していく「強さ」の対比、才能と努力というちょっと手垢の付いたような素材も、それぞれの物語の中でさらりと、仰々しく山場を設けるわけでもなく自然に扱われていて、少し距離を置いた平坦な視線で描かれているように思う。
「強さ」にもいろいろあるが、恐怖に向き合う強さが描かれているのも個人的には良かった。本の登場人物たちは、自分にまとわりついた恐怖を見据え、それを振り払うためにさまざまなことを試み、その孤独な場所からひとりで立ち上がってくる。
読みながら自分の通っているジムのことを頭に浮かべ、求める強さにもいろいろあるものなあ、と考える。相手を叩きのめす、相手より強くありたい、なめられたくない、という感じでガンガン前に出てくる人もいれば、平常心を保てるようになりたい、どんな場面でも機敏に反応したい、大きい相手でも落ち着いて対処できるようになりたい、という風に意識が自分に向いている人もいて、個人的には後者のように自分をきちんと見つめ、分析できる方が「強さ」に近づける気がする。
自分の中を覗き込まざるを得ない、自分の弱さに向き合わざるを得ない、そういう場面は誰にだって訪れる。この本を読んでいると、登場人物たちがそういう場面であがいているところを、我がことのように感じることができる。後半にさしかかってくると、ページを繰りながら目頭を押さえる回数が増える。誰もいないところで一人静かに、ティッシュの箱を傍らに用意して読むことをおすすめしたい。
人は日々を生き、その中でそれぞれの拳を振るって前へ進み、過程がどんなものであれ結果を背負って生きていかなければならない。単純なハッピーエンドではないが、とても前向きな気持ちにさせてくれる本だった。