年度末に思うこと – 翻訳時の注意点

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年度末の今日この頃、みなさんも忙しくお過ごしのことと思います。私はと言えば、眼球が働くことを拒否し、パソコンの画面が見づらい時もありましたが、なんとかひと段落つきました。

3月のようないわゆる繁忙期は、案件の量が多いので、翻訳会社に登録して間もない新人翻訳者にとってはチャンスの時期でもあります。白羽の矢を立てられ、そこで高品質の訳文を納品すれば、その後コンスタントに仕事を獲得できる可能性が高いからです。

私はチェックの仕事もしているので、上述のようなチャンスに恵まれた翻訳者の訳文を目にすることがあります。これは!と訳文の鋭さに感心することがあれば、ん?と首をかしげながら訳文を訂正することもあるのですが、割合としては後者の方が多いです。

せめてこれだけ抑えておけば、それほどひどいことにはならないのに、というポイントがありますので、今日はそれを書いておこうと思います。

1.分からなかったことは、ちゃんと教えてください

翻訳をしていると、原文にどうしても調べのつかない単語が出てくることがあります。どれだけ検索しても、辞書を何冊引いても、前後の文脈から頭をひねっても訳語が分からない。私もよくあります。たった2文字の単語を30分以上かけてあれこれ調べるのですが確証が得られない。

そういうときは、MSワードのコメント機能や連絡票を使って不明点を報告します(翻訳会社によってやり方は違います)。分からないものは分からない。仕方ありません。

ただ、これをしない方が多い。それっぽい訳語を充てて何の問題もないかのように訳文を構築する。

これ、本当に困るのです。

訳語が合っているのか確かめようとして裏付けが取れないと、それ以外のあらゆる単語が怪しく見えてきて、チェックする側は細かく細かく調べることになり、作業時間がどんどん膨らんでいきます。私は要した作業時間×単価でチェックの料金をもらっているので、翻訳会社としても歓迎すべき事態ではありません。私から翻訳会社に納品する際、そうした問題点を報告することがありますので、翻訳者の評価にも響くと思います。誰も幸せになりません。

分からないことを分からないというのは、全然問題ありません。
分からないことを分かった風に装うのは、問題にしかなりません。

2.何も足さない何も引かない

分かりやすい訳文や読みやすい訳文を構築しようとしたためか、原文にある成分が反映されていない訳文、反対に原文にない成分が含まれている訳文を目にすることがあります。

意訳、直訳なんて言葉があるのがいけないのだと思いますが、好ましい訳文というのは原文の情報を過不足なく対象言語に置き換えたものであり、装飾を施したり、大事な何かを勝手に取っ払ったりしたものではありません。

我々が扱うことの多い仕様書や手順書のことを考えてみてください。そこに書いてあるたった1つの情報が不足することで、重大な事故が起こる可能性もあります。それを招いたのが自分の訳文だった、なんて背筋が寒くなりませんか。

原文に含まれる情報は、訳文にすべて反映させるというのが、私たちの基本的なスタンスです。

原文に義務を表す助動詞(必须など)がないのに、なんとなく訳文の収まりが悪いからといって、語尾に「ものとする」や「ねばならない」を加えてはいけません。体裁だけを繕っても良いことは何もありません。

3.あなたの感覚≠みんなの感覚

日本語ネイティブだから正しい日本語が書けるわけではありませんし、世間一般で正しいとされている日本語がクライアントにとって正しい日本語とは限りません。

私たちが中国語から日本語への翻訳を行う際、まず従わなければならない日本語表記のルールは(1)クライアントの指定、(2)翻訳会社のルール、この2つです。「次のとおり」と表記するのか、「次の通り」と表記するのか、自分の好みで選ぶのではなく、ルールに従います。首をかしげるようなルールもたまにありますが、クライアントが白だといえば白ですし、黒だといえばそれは黒です。

クライアントから指定されておらず、翻訳会社のルールにも定められていない言葉の表記方法で迷った時は「共同通信記者ハンドブック」に従いましょう。以前より購読者数が減っているとはいえ、新聞は最も多くの読者を持つ媒体です。そこで使われている表記のルールが標準的な日本語表記のルールですので、それに従っておけば、翻訳会社やクライアントから表記について質問があっても「記者ハンドブックに従っています」と答えるだけで済みます。

記者ハンドブックの内容を頭にたたき込む必要はありません。日本語入力用のIMEにATOKを導入し、追加辞書として「共同通信社 記者ハンドブック」をインストールすると下図のように入力時に注意を促してくれます。

日本語校正ツールのJust Right!を導入すると、翻訳作業後に表記のミスをまとめて修正することができます。ソフトに任せると見落としがなくなるのでおすすめです。

4.統一しましょう

技術文書で専門用語の訳語を統一するのは当然ですが、常用単語もできる限り訳語を統一します。特に注意が必要なのが、「试验、测试、测验」のような類義語の訳し分けです。

たとえば原文に「测试设备」と「试验设备」が出てきた場合、両方を「テスト設備」としてしまうと読み手が混乱しますし、単語を使い分けている書き手の意図も無視することになります。片方は「テスト設備」、もう片方は「試験設備」という風に訳し分け、それを文書全体で徹底します。

法律や工業規格のような文書の場合は、助動詞の訳語も統一します。「」と「必须」と「需要」はどれも義務を表す助動詞ですが、同一の訳語を充ててはいけません。私はそれぞれ「するものとする」「しなければならない」「する必要がある」と訳出することが多いです。

おわりに

これまで何度か同じようなことを書いてますが、先日担当したチェック案件がしんどかったのでまた書いてしまいました。ご了承ください。細かいことをいうときりがないので本当に大事なことだけ書いたつもりです。(1)の分からないことの報告、これだけでもきちんとしてもらえると、チェッカーはもちろん、翻訳会社もクライアントも随分助かります。

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